《CowPlus+通信 Vol.13》
今回は、ちょっとだけマニアックな「抗菌薬の定義と現場でできる薬剤耐性菌対策」について解説します。牛を飼っている人ならば、抗菌薬は割と身近な存在だと感じる方が多いのではないでしょうか?
牛などの家畜における感染症の治療には抗菌薬の使用が欠かせないため、正しく知り、正しく使用していくことが大切です。特に『牧場で常備している抗菌薬がある!』という方は、いま一度抗菌薬との上手な付き合い方を考えていきましょう。
抗菌薬と抗生物質の違い
一般的には抗菌薬(抗菌剤)と抗生物質(抗生剤)は同じものとして認識されているケースが多いと思います。しかし実はこの2つは、似て非なるものです。では、わかりやすく解説していきます。
抗菌薬の定義とは
抗菌薬とは「細菌の増殖を抑制したり殺したりする働きのある化学物質」を指します。したがって細菌感染にはよく効きますが、寄生虫や原虫による感染(コクシジウムなど)に効果があるのはごく一部の抗菌薬で、ウイルスや真菌(カビ)による感染に至ってはまったく効果がありません。
抗生物質は抗菌薬のうち生物由来のもの
抗生物質とは、抗菌薬のうち、細菌や真菌などの生物から作り出された抗菌性物質を指します。つまり、抗菌薬という大きいグループ会社のなかの一部の子会社が抗生物質である、ということです。代表的な抗生物質には、青カビ由来のベンジルペニシリン(PCG)が挙げられます。
家畜に抗菌薬が必要な理由
前述のとおり、抗菌薬が有効なのは主に細菌による感染症です。しかし、ウイルスやカビによる病気の治療時にも抗菌薬を使用しているのを目にしたことはありませんか?
ここでは、その理由について解説します。
家畜の生活環境による影響
人間と家畜の生活環境で大きく異なる点は、衛生面です。家畜が生活している環境中にはさまざまな細菌が存在しており、常に感染のリスクがあります。家畜がかかるすべての病気のなかでも感染症の割合は非常に高いため、抗菌薬による治療が必要不可欠です。
また、その生活環境の理由からウイルスやカビ単独の感染症は少なく、BRDCのように細菌と混合感染しているケースがほとんどです。そのため、ウイルスやカビがメインの感染症であっても、抗菌薬を使用する場合も少なくありません。
抗菌薬使用の問題点
しかしながら、抗菌薬は使うたびに薬剤耐性菌(多剤耐性菌)ができるリスクがあり、世界的な問題にもなっています。抗菌薬を使えば使うほど耐性菌が増え、家畜だけでなく人間の医療へも影響を及ぼしかねないため、この問題点についてよく考えながら対策していく必要があるのです。
薬剤耐性菌を増やさないためにできること
実はもうすでに、世界各国が国単位で動いているプロジェクトがあることをご存じでしょうか?
2015年の世界保健総会で策定された「AMR(薬剤耐性)に関するグローバルアクションプラン」では、人と動物それぞれに対して2027年までに達成すべき目標を設定しています。そのなかから、動物に対する目標値を抜粋してご紹介します。
〈大腸菌に関する各種薬剤の目標耐性率〉
牛 | 豚 | 鶏 | |
テトラサイクリン | 20%以下 | 50%以下 | 45%以下 |
第3世代セファロスポリン | 1%以下 | 1%以下 | 5%以下 |
フルオロキノロン | 1%以下 | 2%以下 | 15%以下 |
参照:薬剤耐性(AMR)対策アクションプラン(2023-2027) 概要
また、このアクションプランでは、耐性率だけでなく抗菌薬そのものの使用量を削減するための目標も定めています。
- 全抗菌薬の使用量:15%削減
- 第二次選択薬の使用量:27t以下
では具体的に、どうやって抗菌薬の使用量を減らしながら耐性率を下げていけば良いのでしょうか。次の項目で解説します。
具体的な対策方法とは
具体的に実行するべき対策方法は「適正使用」と「慎重使用」の2点です。
『どっちも正しく使えってことでしょ?』と思ったあなた。ちょっと待ってください。
この2点は微妙に意味が異なりますので、ぜひこの機会に理解しておいていただけると幸いです。
「適正使用」と「慎重使用」の意味
適正使用とは、確実に効果のある抗菌剤を家畜の体重量に合わせた適切な量で使用することを指します。薬剤感受性試験をすることによって無駄な抗菌剤使用を避けることも、有効な対策のひとつです。
また、たとえば「5日間分」として獣医師から処方された抗菌薬の使用を途中でやめてしまったり、ほかの個体に勝手に使用したりすることは、耐性菌発生のリスクを高める危険な行為です。処方された分はしっかりと使い切り、体内に悪い菌を残さないようにしましょう。
慎重使用とは、予防的投与や細菌による感染症以外への投与をできるだけ控えることを指します。病気になってから治療するのではなく、ワクチンを活用したり衛生管理を改善したりして病気そのものを予防する対策が効果的です。
各牧場で実施できる対策としては、次のようなものがあります。
- 処方された抗菌薬は正しく使い切る
- 中途半端な量の抗菌薬の使用を控える
- 予防目的での抗菌薬投与を控える
いきなり抗菌薬の使用をゼロにすることは難しいと思いますので、日ごろからなるべく減らす意識をしていきましょう。
まとめ
この記事では、抗菌薬と抗生物質の違いや家畜に抗菌薬が必要な理由について解説しました。世界的な問題となっている薬剤耐性菌についても、家畜飼養者にとって身近な問題であることを理解していただけたと思います。
薬剤耐性菌はヒト医療にも悪影響を及ぼす可能性のある恐ろしい存在です。自分たちの身を守るためにも抗菌薬の適正使用・慎重使用を心がけ、耐性菌を減らしていけるように努めましょう!
【CowPlus+代表・獣医師】
MERI:松村 恵里 [ MERI writing lab ]
【経歴】北海道農業共済組合で獣医師として7年勤務したのち退職。2023年4月からWebライターとして活動中。診療経験は牛(乳牛、肉牛)、馬(サラブレッド)。猫2匹と暮らす1児の母。
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