《CowPlus+通信 Vol.15》
牛に人工授精(AI)を行う際、排卵促進剤を投与するタイミングに迷ってしまったことはありませんか?
理想としては人工授精よりも前に排卵促進剤を投与しておくのがベストですが、実は人工授精と同時投与でも問題ないと考えられています。
基本的に、卵巣機能が正常であれば、排卵促進剤を使用しなくても排卵するため、必ずしも使用する必要はありません。
ただし、次のようなケースでは排卵促進剤を投与することがあります。
- 卵胞が硬い
- 卵胞嚢腫(のうしゅ)の傾向がある
- 発情兆候が弱く、排卵するか心配
- 発情兆候は正常(周期どおり)だが、3度目以降の人工授精
実際私(笹崎)も、同様の理由で数多くの牛に排卵促進剤を投与してきました。
そこで今回は、牛に対する人工授精時の排卵促進剤(GnRH:性腺刺激ホルモン放出ホルモン)の投与効果や投与のタイミングについて解説します。
排卵促進剤の作用機序
主に排卵促進剤として使用される薬剤には、酢酸フェルチレリンを主成分とする「コンセラール®注射液」「スポルネン・注」「コンサルタン®注射液」などがあります。
では、排卵促進剤を投与してから薬剤の効果があらわれるまでに、どのくらいのタイムラグがあるのかご存じでしょうか?
実は排卵促進剤を投与したからといって即効性があるわけではなく、排卵するまでに1〜2日程度のタイムラグが生じます。
ここでは、排卵促進剤の作用機序について簡単に解説しますので、参考にしてみてください。
上記図のとおり、牛に投与された排卵促進剤は体内に吸収されて血流に乗り、脳の下垂体前葉を刺激します。そこで黄体形成ホルモン(LH)および卵胞刺激ホルモン(FSH)の分泌を促し、その結果、これらのホルモンが卵巣に作用することによって排卵が誘起される仕組みです。
薬剤が直接卵胞に作用するわけではなく脳を経由しなければならないため、排卵が誘起されるまでに時間がかかってしまうことがお分かりいただけたと思います。
排卵促進剤の使い方
排卵促進剤の使い方は、繁殖障害(卵胞嚢腫や排卵障害など)の治療を目的とした投与と、定時人工授精プログラム(オブシンク法やショートシンク法など)で使用されるケースに分かれます。この2つの異なる点は「投与のタイミング」です。
繁殖障害の治療や“念のため”の投与を行う場合には、決められたタイミングはなく、一般的には人工授精を依頼するタイミングか人工授精と同時に投与するケースが多いようです。
一方で、定時人工授精プログラムの場合には人工授精の前に投与します。排卵促進剤を投与するタイミングについては、定時人工授精をするおよそ16時間前が推奨されています。
(獣医師)
こちらのZoetisさんの記事では、排卵促進剤(GnRH)を用いた定時人工授精プログラムについて解説しています!興味のある方は見てみてください。
投与するタイミングはいつがいい?
前述した作用機序を考えると『人工授精時に排卵促進剤を投与しても遅いのでは?』という疑問が出てくるかと思います。
しかし結論から言えば、人工授精と同時投与でも効果があるため問題ありません。
その根拠については次の項目で解説していきます。
排卵促進剤を投与するタイミングについて考察した文献
ここでは、人工授精と同時投与でも問題ないと言える根拠になる文献を2つご紹介します。
文献①:人工授精と同時投与でも受胎率は改善傾向
「牛における人工授精時の性腺刺激ホルモン放出ホルモン投与が受胎に及ぼす影響」
ー東京農大農学集報, 47(3), 182-186(2002)ー
上記の報告では、「排卵促進剤の人工授精時投与による受胎率は対照(無処置)群に比べ、有意ではないが改善されることが認められた」との記載がありました。
また、長期不受胎牛(リピートブリーダーなど)に対する排卵促進剤の効果はより明瞭にあらわれると述べられています。
この文献のデータからは有意差は認められなかったものの、人工授精と同時の投与であっても受胎率は改善傾向にあると結論付けられていました。
文献②:排卵までの時間が短縮し、妊娠率の向上が期待できる
「乳牛における受胎性や発情発現における人工授精時の性腺刺激ホルモン放出ホルモンの投与効果」
ー臨床獣医 40 ( 3 ) 62 – 63 2022年3月ー
上記の報告では、「授精時の排卵促進剤の投与により排卵までの時間が短縮し、妊娠率の向上が期待できる」と報告されています。
排卵促進剤に反応するサイズの成熟卵胞が存在すれば、排卵促進剤の投与によって排卵のタイミングを早めることができるため、妊娠率の向上につながりそうです。
排卵促進剤を投与する際の注意点
さいごに、排卵促進剤を使用するうえで注意していただきたいことをまとめました。
- 双子(もしくはそれ以上)になる可能性あり(過排卵のリスク)
- 排卵促進剤は要指示医薬品のため、獣医師の指示のもと使用すること
- 【ホルモン剤全般】妊娠中もしくは妊娠している可能性がある女性は注射作業を行わないこと(ゴム手袋着用でも経皮吸収のリスクあり)
上記の注意事項を理解したうえで、正しく排卵促進剤を活用するようにしましょう。
なにかお困りごとがありましたら、CowPlus+の無料オンライン相談をご利用ください。
まとめ
今回は、人工授精時の排卵促進剤の投与効果や投与のタイミングについて解説しました。
作用機序を考えれば人工授精の前に排卵促進剤を投与しておくのが理想ですが、発情が悪くて人工授精できないケースなども考えられるため、心配な場合には人工授精と同時投与でも問題ないと思われます。
私(笹崎)の経験上でも、妊娠鑑定で受胎を確認したときに農家さんから『そういえばこの牛は、AIのとき先生に排卵促進剤を打ってもらったよ』と教えていただき、排卵促進剤の効果を実感することがありました。
したがって、繁殖障害などの理由でお困りの方は、治療の選択肢のひとつとして検討しても良いかもしれません。
しかしながら、排卵促進剤はホルモン剤であり、コストもかかります。無作為に投与するのではなく、投与対象の個体をしっかり選別することが大切です。治療方針を獣医師と相談しながら、慎重に投与を検討するようにしましょう。
【獣医師】笹崎 直哉(Sasazaki Naoya)[ 笹崎牧場 ]
【経歴】鹿児島のシェパード中央家畜診療所にて7年3か月勤務し、和牛の診療に従事。うち4年間は大学院に通学し、博士号取得。退職後は長野県で開業。現在は牛を飼う獣医師としてジャージーと黒毛和種を計120頭飼養しながら、近隣農家の往診を行う。
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