《CowPlus+通信 Vol.17》
血中カルシウム濃度が低下する「低カルシウム血症(以下低カル)」。
乳牛を飼っている酪農家にとって、一度は必ず直面する問題ではないでしょうか?
実は、分娩後に牛が低カルになることを獣医学的には「分娩性低カルシウム血症(乳熱)」といいます。つまり、乳牛は分娩後以外のタイミングにも低カルになりますし、和牛でも低カルになることがあります。
今回の記事では以下の内容について解説していきます。
- カルシウムの体内分布
- カルシウムの役割
- 低カル時に血中カルシウム濃度を上げる仕組み
- 乳熱と低カルの違い
「低カルは知っていたけど、詳しいことは難しくてよく分からない…」と感じている方にも分かりやすく解説していきますので、参考にしてみてください。
牛の体内のカルシウムはそもそもどこにある?
NASEM2021(乳牛栄養要求に関する飼養標準)によると、牛の体内のカルシウムの約98%は骨組織内に存在し、残りの約2%は主に細胞外液にあると記されています。
この細胞外液とは、主に血液を指します。
ヒトと同じく、骨はカルシウムの貯蔵庫といっても過言ではありません。
カルシウムの役割とは
カルシウムには、主に5つの役割があります。
①骨組織を作る
②筋肉を収縮させる
③血液を凝固させる
④神経の情報伝達を助ける
⑤酵素の活性に関与する
①から③まではよく知られていますが、実は④や⑤のような機能も持っているため、カルシウムは生命機能を維持していくうえで非常に大切なミネラルだということがわかります。
上記5つ以外にもカルシウムは多彩な役割をもっているのですが、詳しく書き出すと非常に難しくなってしまうため、ここでは割愛します。
低カル時はどのように血中のカルシウムを上げるのか?
主に牛は次の2つの方法を駆使して、血中のカルシウム濃度を上げようとします。
①飼料中に含まれるカルシウムを腸で吸収する
②骨に蓄えられているカルシウムを溶かし出す
牛が低カル状態になったときには、首元にある上皮小体(副甲状腺)という場所から上皮小体ホルモン(PTH:パラソルモン)が分泌されます。
この上皮小体ホルモンは、体内にあるビタミンDを活性化して腸でのカルシウム吸収を促進させる役割や、骨に蓄えられているカルシウムを溶かし出す役割があります。
それでは、泌乳期の牛が低カルにならないためには飼料に含まれるカルシウム濃度を多めにしておけばいいのではないか?と思った方、大正解です!!
飼料に含まれるカルシウム濃度を多くすることは、血中のカルシウムが一時的に高くなり、余分なカルシウムが骨に蓄えられるので、一石二鳥です。
通常は牛がエサをしっかり食べていれば、上記の①と②が上手に作用して低カルにはならないのですが、分娩直後はそうはいきません。
分娩直後は初乳にカルシウムが多量に出ていきます。また、どうしても食欲が低下してしまうため、カルシウムを腸で充分に吸収することが難しくなります。
①の方法ができなかった牛は、骨からカルシウムを溶かし出すことによって血中カルシウム濃度を上げようとしますが、分娩2日後にならないと牛の体内動態的に多量のカルシウムが骨から出てきてくれないことが分かっています。
参考:Liesegang, A. et al, Comparison of bone resorption markers during hypocalcemia in dairy cows, J. Dairy Sci,.81, 2614 – 2622(1998)
(※乾乳期の飼料内容によります)
乳熱と低カルの違いとは
乳熱とは「分娩性低カルシウム血症」を指しており、その名のとおり分娩にともなう低カルシウム状態のことです。
重度の低カルになると起立不能をともなうことが多いため「産前・産後起立不能症」と呼ばれることもあります。
ここまでに解説したとおり、低カルシウム血症は分娩後以外のタイミングにも起こります。
したがって、全部「低カルシウム血症(低カル)」と呼んでも間違ってはいないのですが、そのなかでも特に分娩(前後)が引き金となった低カルシウム血症が「乳熱」であると理解しておくと良いでしょう。
まとめ
今回は、牛の血中カルシウム濃度を維持する仕組みについて解説しました。
体内のカルシウムのほとんどが骨に存在し、カルシウムが必要な場面では上皮小体ホルモン(PTH)が蓄えられているカルシウムを骨から溶かし出したり、腸でのカルシウム吸収を促進したりしてくれています。
また、牛の低カルを防ぐためには、乾乳期の飼養管理がポイントになります。
乾乳後期のカルシウム過剰摂取によって引き起こされる低カルもありますので、泌乳ステージに合わせた適切な管理が大切です。
乾乳期の飼養管理については次回解説しますので、楽しみにお待ちください!
【獣医師】前谷 文美(北海道:ファームマネージメントクリニック)
【経歴】千葉県農業共済組合で5年間牛の臨床業務に従事した後、十勝の飼料会社に就職。牛の健康管理に励む一方で、牛の骨密度と低カルシウム血症の分野で博士号を取得する。退職後は十勝でファームマネージメントクリニックを開業し、管理獣医師およびコンサルタント業務に従事。2児の母。
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