《CowPlus+通信 Vol.19》
私の前回の投稿では、体内で血中カルシウム濃度を維持する仕組みと、分娩後の低カルシウム血症(以下、低カル)を防ぐために乾乳期の飼養管理がポイントであることをお伝えしました。
今回は、具体的にどのような方法で低カル対策をしたら良いのかについて解説します。
血中カルシウムを上げる仕組み(前回のおさらい)
復習ですが、牛はヒトと同じ2つの方法を駆使して血中のカルシウムを上げようとします。
①飼料中に含まれるカルシウムを腸で吸収する
②骨に蓄えられているカルシウムを溶かし出す
(尿へ出ていくカルシウムを回収する方法もあるのですが、微量なのでここでは省略します。)
牛が①と②の方法で血中カルシウム濃度を維持できていれば、低カルになる可能性は低くなるというわけです。
では続いて、低カルを防ぐために具体的にどうしたら良いのかについて解説していきます。
乾乳期に現場でできる低カル予防
分娩時の低カルを防ぐためには、乾乳期の管理が非常に大切です。
ここでは、現場でできる低カル予防のポイントを「乾乳前期」と「乾乳後期」に分けて解説します。
- 乾乳前期:飼料中のカルシウム濃度を高く設定することで骨にカルシウムを蓄えさせる
- 乾乳後期:エサ食いを落とさずに、かつ骨からカルシウムを溶かしだす練習をさせる
もちろんこれらの方法は牛がしっかりとエサを食べることができている前提なので、分娩前に食欲が落ちてしまう…といった場合には別の対策が必要になります。
それでは詳しく見ていきましょう!
乾乳前期の低カル対策
乾乳前期は乳量が減少して停止した時期であり、泌乳でカルシウムが出て行かないため、飼料に含まれるカルシウムを腸で吸収すると血中のカルシウム濃度が一時的に高くなります。
血中カルシウム濃度が一時的に高くなると尿へ余分なカルシウムが出て行きますが、骨にも余分なカルシウムが蓄えることができます。
牛が継続してしっかりとエサを食べることができる状態が大前提ですが、全飼料中でカルシウム濃度が1.2~3%(乾物中)程度であれば、骨にカルシウムを蓄えることができるという報告があります[4]。
つまり、乾乳前期には飼料にカルシウムを多めに添加することがポイントです。
乾乳後期の低カル対策
乾乳後期は分娩に向けて予行演習をする時期です。
牛は分娩後、初乳中に大量のカルシウムが出て行くために血中のカルシウム濃度が急激に低下します[1]。さらに食欲が低下していると、牛はカルシウムを腸で充分に吸収することが困難です。
そうなると、牛は仕方がないので骨からカルシウムを溶かし出すことで血中カルシウム濃度を上げようとしますが…これは分娩2日後頃から作動するシステムでした[2]。
ここに着目したのがDCAD(Dietary-Cation-Anion-Difference)。
簡単に言えば、イオンバランスのコントロールによって蓄えているカルシウムを引っ張り出そう!という方法です。
飼料中に陰イオン製剤(硫酸カルシウムや硫酸マグネシウムなど)を添加してDCAD値を低くすることによって血液を酸性に傾けると、血中カルシウム濃度を上げる仕組み①と②の作用がスムーズになります。
乾乳後期にこのような予行演習をしていると、分娩(本番)時に即座に体が対応できます。
「乾乳後期に骨からカルシウムが出て行くなんてもったいない!」
「分娩時に足りなくなるのでは?」
という意見があるかもしれせんが、乾乳前期にしっかりと骨にカルシウムを蓄えていれば大丈夫です!
低カル予防に関するよくある質問
ビタミンDは投与すべき?
ビタミンDの吸収量は加齢とともに減少することが分かっています。そのため、分娩前のビタミンD投与は低カル予防に有効です。
特に乳熱や低カルが多発する牧場さんでは、予防としてビタミンDを投与しておくと安心でしょう。
投与するタイミングは、分娩前8日〜2日の間です。1回の投与(筋注or皮下注)で済むため、それほど手間ではないかと思います。
出産予定日と実際の分娩日がずれることも考えられますが、大体予定日の1週間前に打っておくと安心です。
また、乳熱は3産以上の経産牛で発生しやすいため、3産以上の牛にしぼって投与するのもひとつの手かもしれません。
ぜひ検討してみてくださいね。
さいごに
今回はカルシウムに着目しましたが、飼料中のマグネシウム濃度が不足しているとPTH(パラソルモン)の分泌ができなくなるのでマグネシウムを添加することもありますし、最近では分娩前の活性化ビタミンDの飼料添加も注目されています[3]。
しかし何よりも(当たり前のことですが)牛が座りたい時に座れる場所があり、牛が食べたいときに新鮮でおいしいエサがすぐ届くところにあることが一番大事です!
低カルを防ぎ、生産性をしっかりと維持しながら健康的な管理をしていきましょう!
【参考文献】
[1] Degaris et al, Milk fever in dairy cows: a review of pathophysiology and control principles, Vet. J. 176, 58-69, 2009
[2] Liesegang, A. et al, Comparison of bone resorption markers during hypocalcemia in dairy cows, J. Dairy Sci., 81, 2614 – 2622, 1998
[3] Maureen H. A fresh look at vitamin D, Dairy herd management, 2024
[4] Maetani et al., Effect of dietary difructose anhydride III supplementation on bone mineral density and calcium metabolism in late-lactation dairy cows, J vet Med Sci., 80, 1061-1067, 2018
【獣医師】前谷 文美(北海道:ファームマネージメントクリニック)
【経歴】千葉県農業共済組合で5年間牛の臨床業務に従事した後、十勝の飼料会社に就職。牛の健康管理に励む一方で、牛の骨密度と低カルシウム血症の分野で博士号を取得する。退職後は十勝でファームマネージメントクリニックを開業し、管理獣医師およびコンサルタント業務に従事。2児の母。
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